2006年07月30日
なんか、私このブログとかことばの上では制度としての異性愛を批判とかしちゃってるんですが、やっぱ自分は異性愛主義に染まってンなーと思うことがあった。

こないだ自分の友人で、恋人がいないことを自らネタにする(ネタにしているように私には見える)子と飲んでいて、お決まりのように「なんで私は彼氏できないんですかねー」とか「どこが悪いと思います?」とか言うもんだから、ついあーしたらいんじゃない、とか、こーいうとこが違うんじゃない、とか偉そうにノベてしまった。

まぁ、仮にここで私が「男なんていなくてもいいじゃん」とか言っても多分、「んなこと彼氏いるあんたに言われたかないよ」って言われるだろうし、「そのままのあんたが素敵だよ」とか言っても逆に同情してるみたいな感じになるし、だからどうこたえるのが「正解」なのかはよく分かんないんだけど。

でもだからって、別にモテでもなけりゃ恋愛経験の量もさしてその子と変わらない私が、なんか「今彼氏いる」ってことで自分のことばに説得力を持たせて、一段高いところから、自分とは全く違う関係性を目指しているかもしれない他者に恋愛に関して指南するとか、なんか凄いキショイな、と思った。なんかそれについて論じる資格が自分にあると信じた自分がキショイ。

「彼氏いる」ってことの特権性が現実に生じているってことを否定するつもりはないんだけど、「彼氏いる」って別に恋愛の「成功」ではなくて、現在進行形の恋愛なわけだし、何が「成功」なのかも人によって違うわけで、例えば自分では凄い満足した恋愛してるつもりでも人から見たらチョー悲惨な状況ってこともあるわけで、私もそうかもしれないし、その辺の傲慢さは異性愛主義に毒されてるなと思った。やだやだ。

あ、ここで言う異性愛主義っていうのは同性愛に対して異性愛を優位に考えるってことではないです。性愛をそれと直接に関係のないものと結びつけることでその価値を強化して制度化する傾向のことです。同性愛が制度化されていないとは言いませんが、少なくとも異性愛の価値の常識化は制度化なしにはあり得ないので。
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純情なピギフェミがお好みの方は、スルーした方がよろしいかと。

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慈しみと怨念と。混ざり合った狂気が私を支配する。

愛と呼びたいやつは呼べ。何も変わらないから。
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2006年07月13日
なんか最近、フェミニズムそのものよりも、フェミニズムとは何かとかフェミニストとはなんだとかそんな話ばかりして、なんかペラい自分に嫌気がさすけど、気になるからしょうがない、またそんな話です。

こないだ、就職した友人の職場が如何に性差別的な状況にあるかという話をメッセンジャーのチャットで教えてもらっていたんだが、話にひと段落着いたときに突然(私には"突然"に思えた)「だからね、やっぱりフェミニストにもっと頑張ってもらわなきゃって思った」と言い出して、かなりびっくりした。私は思わず「フェミニストって誰のこと?」と聞き返したら、彼女は「○○(私のこと)とか」と言うではないか。それで私は「フェミニズムって自分で活用してこそ意味があるもんなんだよ。あなたがフェミニストになればいいんだよ。」と返したのだけれども、彼女曰く「そんなこと言ったって、仕事に追われていっぱいいっぱいな状況で勉強なんかできないよ!」と。

なんだ、フェミニズムって「お勉強」だったんですか、ね?もし彼女が今自分が抱えている問題を解決しようと思っているなら、私は"友人として"一緒に頭をひねったり、必要な情報を集めることにやぶさかではないし、またアクションを起こすつもりが今のところ無いにしたって話に付き合うぐらいのことはできると思っている。だけど、「お勉強」するフェミニストとして、私に一体何ができると言うんだろう?自慢じゃないが、私は労働における性差別是正の実践を研究の題材にしたことなんてこれまで一度も無いし、私が自分のテーマについてせこせこ研究を重ねたところで、それが彼女の職場の改善に一体何の役に立つんだろうか?そりゃ、元気玉に力を分ける雑草くらいの間接的影響力はあるかもしれないけど?

たとえ「お勉強」に限らなくても、フェミニスト(と名乗る人たち)が頑張れば、世の中の性差別が改善されるなんて、そんなのどう考えたって無理だ。そりゃフェミニストじゃない「普通の女」には仕事も生活もイロイロあることでしょうよ。でもフェミニストだってそれだけやって飯食ってる人なんてほとんどいないわけで、同じように仕事とか生活とかイロイロ抱えているんだ。

もちろん、フェミニストの中でも私を含め学問の世界で生きることを目指している者は、「普通の人」が簡単には到達できない知を生産する役割があると思う。「普通の人」には簡単にアクセスできないような専門知を生み出そうとする以上、「普通の人」にはピンとこないようなこと、些細と思われることにも、研究者はこだわらなくてはならない。もはや「普通の人」の視点ではない視点で物事を見なくてはならなくなってくる。それは「普通の人」にできないことをやってくれ、という期待にこたえる為に必要なことのはずなのに、同時に、もはや「普通の人」ではないと批難される。「普通の女」の状況を繊細に理解しないと、どうしてフェミニストなのに、(「普通の女」であるところの)私の気持ちが分からないの、と言われる。

私は、(自分がフェミニストと名乗ることに意義があると思っているから、敢えて何度も言うけれども、)フェミニストである。でも同時に「普通の女」の一人である。研究者を目指す者の一人だけれども、また同時に「普通の人」の一人である。「普通の女」の条件が"フェミニストでないこと"でない限りは。「普通の人」の定義が"研究者ではないこと"でない限りは。老いも若いも金持ちも貧乏人も白人も黒人も「普通」を名乗れるなら、フェミニストだって研究者だって「普通」の一人だ。

だけど、一方で私は「普通の女」そのものではない。私は「普通の女」に過ぎないから、同じ女性であっても理解できないこともある。「普通の女」に過ぎないから、自分と自分にとって大切な友人たちの身に起きている問題を世界の問題より真っ先に考えてしまう。「普通の女」だから研究者を目指す者として期待されていることに振り回されたりする。「普通の女」だから、全ての「普通の女」に「普通の女」として認められることは不可能だ。「普通の女」だから、全ての女性にとって共感可能な存在になることも不可能だ。そういう意味で、私は「普通の女」の一人だけれども、「普通の女」そのものではない。

人によっては、フェミニストが女世界の救世主たるべきとか、全ての女の理解者であるべきとか、権力に対してどのような意味でも公正な人間であるべきとか、そんな風に考えているのではないか、と疑いたくなる言い方をする人がいるけど、それと同時に、フェミニストの主張は「普通の女」の意見としては取り上げられなかったり(フェミニストだからこういうことを言うのであって、「普通の女」はそんなこと思っていない、とか)、「普通の女」そのものではないことを批難されたりする。「普通の女」ではできないことをしろ、と言いつつ「普通の女」でないと否定する。

フェミニズムやフェミニストを批判するのに「普通の女」を引き合いに出すのは間違っていると思う。もし、ある「普通の女」があるフェミニストの主張することに一般性がないと感じて、それを証明しようとするならば、それを証明できるだけの十分な力を尽くしたころには、彼女も誰かに「普通の女」ではないと言われる立場になっているだろう。全ての女性は「普通の女」の一人であり、またかつ「普通の女」そのものではないのだから、フェミニズムやフェミニストの議論への批判は、「普通の女」の視点ではないという点から批判しても不毛である。何が欠落していて、それを感じる自分が社会の中のどのような位置(「普通」ではなく)付けにあり、またその欠落がどういう意味で問題があるのか、それを批判すべきだと思う。それは「普通」を笠にきるよりもずっと有意義で説得力ある批判になるはずだ。

(追記)
あ、でも、あることを前提化して疑問視しない人たちに対して、それ全然「普通」じゃないから!っていう批判はアリかなぁ。相手を相対化するための批判で、自分自身を相対化することに力点起きすぎると主張としては弱くなるよね。それと時には、感情的にぶちあげたいってときも結構あるし、私もよくやるから、あんま人のこと言えないのでした…。
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posted by piggy_fsite at 03:05 | Comment(3) | TrackBack(1) | 日記b_entry.gif
私は自分の生まれ落ちた家族も含めて、誰かと一緒に暮らす、ということが凄く苦手で、また集団に溶け込むにも苦手意識を持っているけれども、だからと言って自立した(自律的な)人間なわけでは、もちろんない。自己完結した人間でもないし、誰かとコミュニケーションをとることに楽しさを感じるだけの社交性は持っていると思う。

なんでこんな話をするのか、というと、私は結婚したくない人間なんだと気づいてからこっち、そういうことを人に言うと、大抵「今は若いからいいけど、年をとったら寂しいものよ」とか言われる。それで、私なりに結婚はしないけど、でも寂しくもない暮らし方というのを考えてみている。一人暮らしを初めて早や10年目、一人でいることに寂しさを感じたことは皆無とは言わないが、一人暮らしに寂しさを感じたことは全くないと自信をもって言える。だから、正直言って、「年をとったら寂しくなる」というのも全然想像つかないのだけど、婚姻という法的な関係に頼らない、親密な人間関係の構築というのは意味があるものなんじゃないかと思う。

ところが、そういう関係の本の中で出てくるコレクティブハウスとかルームシェアリングの話には、今ひとつ興味を持てない自分がいる。もちろん、友だちとルームシェアしようよ、というような話はしたことがあったし、今でも親しい友人とそういうチャンスがあればやってみたいと思うけど、なんかそれは「やってみたい」という興味のレベルであって、ルームシェアで人間関係が深まったり広まったりするというような期待は全然していない。今現在さみしくないのだから、さみしくなくなる、というような期待もない。

これは感覚的なことだから、全ての人に当てはまると考えて述べるわけではないけれど、私の場合、一人暮らしだからこそできた人間関係というものがあって、それが私にとって結構重要な位置を占めていたりする。

例えば、真夜中に電話や携帯のメールでやりとりするとか、話したいことがあるその時に会って話をするとか、喫茶店では話せないような黒い話を打ち明けあうとか、そういうのは自分が誰にも干渉されない独立した部屋(独立した玄関と生活スペース)を持っていることによるところが大きいと思う。誰かと一緒に住んだ場合、仮に自分と同居人との間に干渉しあわない関係ができていても、同居人以外の友人がそう認識していなければ、なかなか夜中に電話をかけたり、押しかけたりはしづらいんじゃないかと思う。

誰かと一緒に住むことで、一人暮らしでは得られないような経験とか関係性が生まれるというのは確かにその通りなんだろうけど、私個人としては、ひとり暮らしだからこそ深まった友人関係があるということの方が貴重かなーと思う。だから一人で暮らす、ということと、独りで暮らす、ということは必ずしもイコールにはならないのではないかと。

当たり前と言えば当たり前だけど、なんか一人暮らしだから寂しいに違いないとかって、ネットに熱中しているからコミュニケーション下手なんだ、みたいのと同じような思い込みじゃないかなと思ったりする。オンライン上のコミュニケーションのあり方ってオフラインと共通していることも沢山あるけど、違うこともある。ネットに浸ったことのない人が自分たちだけのコミュニケーションの手法を絶対視して、「やつらは会話が通じない」とか言うのはかなり心外だし、生活を共にしてこそ本当の関係性だ、みたいな考えも、オンラインの関係=仮想・虚構の関係としか考えられないのと同じ貧しさがあるんじゃないかなーって思う。
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posted by piggy_fsite at 01:28 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記b_entry.gif
ちょっと前に、業績と能力について日記を書いた(これ)。その時、私は業績には能力の他に、その能力を発揮できる環境が必要だ、というようなことと、それから、投資できるもの(金・時間・精神的余裕など)の量が人それぞれ違うのだ、というようなことを書いた。これを書いたとき、自分が自分の能力に比して環境や資本に恵まれていないなどとはもちろん思っていなかったけれども、でも自分より恵まれている人に対しての嫉妬心がないと言ったら嘘だった。

だが、ここのところの自分を振り返ってみると、なんと私は、環境とか資本とかに恵まれて業績をつくったというより、もっと分かりやすいアドバンテージを得ていたということに今さら気づいた。ようするにコネだ。もちろん、コネと言っても自分自身のコネだけど。でも、私なんかよりずっとずっと優秀で努力もしている人がどうやったアクセスできるのかも分からないというようなチャンスを、私はただ、意思決定する人の近くにいた、というだけで天から降ってきたように手にしてたりする。

そして、なんで私なんかに、とは思うけど、でも断ったりはもちろんしない。なんか私って自分で思っているより、ずっと恵まれているし、実力以上の機会を与えられていて、策略して得たものじゃないから卑怯って言われても困るけど、なんかそれに近い状況には十分あるな、って思う。

とりあえず、与えられたチャンスに見合う働きができるように、今からでも努力するしかない。とにかく前に進め、私。

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2006年07月02日
前に投稿した豆腐屋ジョニーですが、食べました。賞味期限が2日ほど過ぎてしまいましたが、美味しかったっす。大豆の味しっかりしているので豆腐であることは間違いないんですが、ちょっとオーバーに言うとクリームチーズみたいに濃厚な感じ。

今、投稿する為に調べてみたら、本当は「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」という名前らしいです。半分に折ってあったので「豆腐屋ジョニー」しか読み取れず…。しかも販売元は凄いサイト。

男前豆腐店

これ凄い。凄いよ。なんか、いい。かっちょええです。ちなみに私は「ナンチュー」でした。
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2006年07月01日
 こないだ見た夢の話。

 私は友だち(?)で、実は、多分この人とは一生分かり合えないんじゃないか、つーか生きる世界が違うよなと思っている人がいる。彼女の主張する内容というよりも、前提としている世界自体があまりにも私と異なるのでどうやって投げかけられたことばに反応していいのかよく分からないのだ。多分、コンプレックスも多少ある。

 こないだ見た夢は、その友だちと心底共感しあえた瞬間を迎える夢だった。何がきっかけだったのかは覚えていないが、とにかく私は彼女が始めて身近に感じ、また私がそう感じたことを彼女も理解しているような、そういう理解しあえる関係になった、という感覚だけが夢から覚めても残っていた。

 泣きたくなるくらい嬉しい夢だった。多分、恋愛小説の読みすぎだと思う。
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