せっかくだから、性教育、漫画、性表現というキーワードから気になった少女漫画に言及してみる。タイトルは『ないしょのつぼみ』。このへんで話題になってました。

初潮などの第二次性徴の発現を描いた作品でエ/ロシーンは「少女コミック」ほどありませんし、割と真面目な印象を受ける少女漫画です。しかし……あまりにも自分の実体験と違うので、これがリアルな小学生のありさまなのだとしたら、なんだか疎外感を抱きます。いったいこれを小学生の女子が読むとしたら、何が面白くて読むんでしょうね?この程度の知識なら、学校の性教育で十分じゃなかろうか、という気もします。
だいたい、つぼみが第二次性徴の発現に際しておぼえる不安の、よき理解者であった友人の正体がアレでは、女の子が同世代のともだち同士で性に関わる情報交換するということを肯定するつもりはないらしい。
一番違和感があったのは第二次性徴と性行為に対する関心(→知識の取得)と初恋(恋愛)が三位一体になっているところ。ありえねー(←私だけ?)。
ちなみに私は、性交(というか生殖行為)というものが女性のまんこに男性のちんこを入れることだということを小学生の低学年の時分に知っていました。それは、赤ちゃんはおとーさんとおかーさんが愛し合っていればできると教えられていた子どもの頃の無邪気な私が、近所の子の無い夫婦に向かって「おばちゃんたちは愛し合っていないの?」などという暴言を吐いたことと、風呂場で自分の下半身に穴を見つけて、「これなーに?」などとこれまた大人は真っ青の無邪気な質問を母親にぶつけたことを原因として、『あかちゃんはこうしてできる』という絵本を与えられたからなんだけど。
そんな私の初恋は、その絵本を見るはるか前の保育園のときだったし、初潮だとかブラだとかそういう第二次性徴は中学に入ってから迎えた。単に時期がバラバラだったというだけじゃなくて、絵本で見た性交をやらしいものと思うどころか自分の恋愛とは一切結び付けて考えることができなかったし、恋愛(片思い)は四六時中していても男の身体に関心を持ったのは、大学に入ってから、という恐ろしいほどの晩熟(おくて)ぶりで、私にとっては恋愛と身体の成熟と生殖行為の知識と性的欲望は全く別々のことでしかなかった。
私ほどのバラバラぶりがスタンダートかどうかは置いといて、しかし第二次性徴という身体の成熟と性や異性への関心と恋愛と、なんかそういうのをごちゃまぜにして描くのはどうなんだよ、と思ったりする。小中学校のときに好きな男の子のちんちんがあるかどうかなんて気にしたこともなかったぞ、私は。ちなみに初潮のときはうんこもらしたと勘違いしました。血が出るとは聞いていたが、もっと鮮血のような赤い血が出ると思ってたからさー。
あ、なんか話がずれましたけど、どうして身体の成熟と恋愛と性的知識と、まあそこらへんの経験をごちゃまぜに描くことに違和感があるかというと、自分の経験とずれているというだけじゃなくて、それが社会的な経験であるということがあまり伝わらないから。身体が成熟してくれば、自分の身体の異変に気づいて、異性の身体にも"自然に"関心を持つ。そのような変化が起こるころ"自然に"周りから生殖や性交についての知識を授けられ、また"自然に"異性への関心が高まり恋愛に目覚める。…みたいな印象を受けるわけです。
異性に関心を持つのは別に第二次性徴のせいじゃないし、性的な知識が必要なのは自分の身体が孕める準備を始めてからとは限らない。恋愛(排他的二者関係への欲望)と性欲も別物じゃん。なんか、この漫画の、"自然"の成り行きで自分に起こった変化にアタフタする萌えキャラ少女ぶりには、なんのリアリティも感じない。大体小学校の女子ってもっとぶっきらぼうで強いでしょ?って感じなのに、そりゃこんな描きかたすれば「大きいお友だち」はさぞかし興味津々だろうよ、みたいな。エンターテイメントとしても性教育としても、つまらない漫画だな、と私は思ったけど、みなさんはどうでしょうか。