2006年07月13日
私は自分の生まれ落ちた家族も含めて、誰かと一緒に暮らす、ということが凄く苦手で、また集団に溶け込むにも苦手意識を持っているけれども、だからと言って自立した(自律的な)人間なわけでは、もちろんない。自己完結した人間でもないし、誰かとコミュニケーションをとることに楽しさを感じるだけの社交性は持っていると思う。

なんでこんな話をするのか、というと、私は結婚したくない人間なんだと気づいてからこっち、そういうことを人に言うと、大抵「今は若いからいいけど、年をとったら寂しいものよ」とか言われる。それで、私なりに結婚はしないけど、でも寂しくもない暮らし方というのを考えてみている。一人暮らしを初めて早や10年目、一人でいることに寂しさを感じたことは皆無とは言わないが、一人暮らしに寂しさを感じたことは全くないと自信をもって言える。だから、正直言って、「年をとったら寂しくなる」というのも全然想像つかないのだけど、婚姻という法的な関係に頼らない、親密な人間関係の構築というのは意味があるものなんじゃないかと思う。

ところが、そういう関係の本の中で出てくるコレクティブハウスとかルームシェアリングの話には、今ひとつ興味を持てない自分がいる。もちろん、友だちとルームシェアしようよ、というような話はしたことがあったし、今でも親しい友人とそういうチャンスがあればやってみたいと思うけど、なんかそれは「やってみたい」という興味のレベルであって、ルームシェアで人間関係が深まったり広まったりするというような期待は全然していない。今現在さみしくないのだから、さみしくなくなる、というような期待もない。

これは感覚的なことだから、全ての人に当てはまると考えて述べるわけではないけれど、私の場合、一人暮らしだからこそできた人間関係というものがあって、それが私にとって結構重要な位置を占めていたりする。

例えば、真夜中に電話や携帯のメールでやりとりするとか、話したいことがあるその時に会って話をするとか、喫茶店では話せないような黒い話を打ち明けあうとか、そういうのは自分が誰にも干渉されない独立した部屋(独立した玄関と生活スペース)を持っていることによるところが大きいと思う。誰かと一緒に住んだ場合、仮に自分と同居人との間に干渉しあわない関係ができていても、同居人以外の友人がそう認識していなければ、なかなか夜中に電話をかけたり、押しかけたりはしづらいんじゃないかと思う。

誰かと一緒に住むことで、一人暮らしでは得られないような経験とか関係性が生まれるというのは確かにその通りなんだろうけど、私個人としては、ひとり暮らしだからこそ深まった友人関係があるということの方が貴重かなーと思う。だから一人で暮らす、ということと、独りで暮らす、ということは必ずしもイコールにはならないのではないかと。

当たり前と言えば当たり前だけど、なんか一人暮らしだから寂しいに違いないとかって、ネットに熱中しているからコミュニケーション下手なんだ、みたいのと同じような思い込みじゃないかなと思ったりする。オンライン上のコミュニケーションのあり方ってオフラインと共通していることも沢山あるけど、違うこともある。ネットに浸ったことのない人が自分たちだけのコミュニケーションの手法を絶対視して、「やつらは会話が通じない」とか言うのはかなり心外だし、生活を共にしてこそ本当の関係性だ、みたいな考えも、オンラインの関係=仮想・虚構の関係としか考えられないのと同じ貧しさがあるんじゃないかなーって思う。


posted by piggy_fsite at 01:28 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記b_entry.gif
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