2007年10月04日
 今日は一日コピーをしていた。捺印のある文書を含む300頁以上の原本があり、それのコピーを作成し、かつ通し番号をふるという作業。色々考えた末、ページ番号だけ印字した白紙を印刷して、それに原本を複写するのが一番早いだろうという結論に達した。同業者もそのようにしているらしいと聞いたし。

 朝一でその仕事を頼まれたときは、昼過ぎには終わるだろうと思っていたのだが、複写を17部用意しなければならないと聞いて、これは一日作業だと覚悟。番号入りの複写を用意し、それをコピーし残りの16部を作成しようとしたところで、2頁不要な書類が混ざっていたことが発覚し、最初からやり直しを迫られた。

 とりあえず、コピーだけでもなんとか手際のよい方法がないものかとコピー機のマニュアルを開いたら、なんと、なんと…うちのコピー機には自動でページ番号を印字する機能がついているではないか!これなら、単に原本をコピーすればいいだけの話だ。

 なんてことだと思った。2時過ぎまでの私の仕事はなんだったんだという脱力感。ページ番号だけの白紙を印刷したり、コピー機の印刷面に合せて、用紙をひっくりかえしたり、コピー機に通したときに紙詰まりやシワにならないように、紙を伸ばしたり、とか他にもとにかくすごく面倒だったことが全部いらない作業になったわけだ。てゆうか、私いらねぇじゃん。今ドキの末端事務員に求められている能力というのは、何かを丁寧に仕上げるとか精緻なクオリティを提供できる注意力とかいうよりも、こういう機械の機能を知り尽くし使いこなす能力なのだなぁとしみじみ実感した。

 それで思ったが、これの一個前の記事で、「早く簡単にできる」ことがなんぼのもんじゃいと言ってた私はバカだったということ。コピー機様様だ。これのおかけで課長の明日の出張に書類が間に合った。やっぱり、煩雑な作業が「早く簡単にできる」ことはスゴイ。時間の短縮になるだけでなく、簡単だからミスを減らせるし、それを確認するストレスも減らせる。それが効率化ってことなんだろう。いや、本当に今さらなんだけど。

 まぁ、しつこく言い訳がましいことを言わせてもらえば、しかしそれでも「早く簡単にできる」ことの有用性は、何を作りたいのかという目的がハッキリしているときにこそ/だけ意味をもつと思う。機械やアプリケーションソフトに限ったことではなく、われわれは今、膨大な機能(ファンクション)を抱えており、今自分が利用しうる機能にどのようなものがあるのか、それをいちいち確認し把握している余裕がない。何か目的を持って、初めてその手段が自分の手元にあることに気づく。あらかじめ機能を把握していないと、今回の私のように無駄な過程を踏むことになるが、目的を持つ前に膨大な機能を目の当たりにしても、結局機能におぼれるだけで、そこから目的を見出すことはできないように思う。「できること」から「やりたいこと」のビジョンが生まれない、というわけではないけれど、手段を持っているということよりも、誰に何を伝えたいのかとか、何をしたいのか、どんなものが欲しいのか、そういうもののビジョンを明確に持っている人こそが何かを成し遂げる人なんじゃないかと思う。

 …まぁこれは『リキッドモダニティ』という本で読んだことを、今日の仕事を通じて思い出しただけなんですが。

 今の私って、ちょっとHTML分かります、ちょっとワード・エクセル得意です、ちょっと文章校正できます、ちょっと統計処理できます、って「ちょっとほにゃらら」をただ蓄積してるだけで、肝心の人生の目標とか何をしたいかとかそんなんがてんで曖昧だ。私の「ちょっとほにゃらら」は、コピー機みたいに誰かが目的をもって私を利用して初めて意味のあることで、そうでなければあってもなくてもどちらでもいいことなんだと思う。私はコピー機ではなく人間になりたい。
posted by piggy_fsite at 00:31 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記b_entry.gif
この記事へのコメント
ぴぎちゃん、がんばりなー。
オーエンしています。
Posted by 青い親指レコード at 2007年10月09日 15:31
はじめまして、かな?

ありがとうございます。

なんてゆうか人生をがんばりたいです。
Posted by ピギフェミ at 2007年10月09日 21:27
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